北オランダのフリースランド州には、今も少数民族のフリージアンが住む。
彼らは独自の文化、言語を有し、ゲルマンとの同化を好まぬ。そんな地で育まれた生活工芸に大いに魅せられ、ヒンデローペンの街にやってきた。
「自分は生まれてまもなく、家具づくりをしていたみたいですよ」


  
うっすらと雪が積もっていた。

外へ一歩でると、もう頬が寒い。フリースランド州ヒンデローペンに、六代もつづく家具職人を訪ねた。髭づらの朴訥と話すのは当主のエバハート・スタールマンさんで、職人を絵に画いたような男。「この保育箱は私が使っていたものです。もう四〇年以上も経ってますが、この通りまだ使えますよ。おじいさんがつくったものです」と、大きな目を細めるエバハートさん。 保育箱、といってもこれは立派な工芸品。 ストックホルムの北方博物館に展示していた保育箱はふつうの木の箱に、背もたれがついたものであったが、彼のほうが数段豪華。 胴部は、黒地に鮮やかな赤、緑、黄の花が絵付され、その上蓋を開けると椅子が格納、驚くことに、しっかりと便座も収納されている。さらに背中の部分には湯たんぽを入れるスペースまでもあった。
「二代目のおじいさんは、生活道具を収集するのが好きだったようで、とくにスカンジナビアや東洋のものが多かったです。それらは私の遊び道具でもあったので、いつしか保育箱の中で箱づくりをしていたのでしょう」 と、彼は笑う。
ショールームには、ロッキング・チェア、リビング・チェア、ライティングビューロー、チェスト、飾り棚、そしてハンドバック(もちろん木製)などが展示されており、みな素晴らしい絵付がなされている。
作り手の温もりがひとつ、ひとつに感じられる生活用具である。
彼の工房では四人が働いているが、その構成のすべてが家族。長男のコーペ君は家具の組み立て、エバハートさん、奥さん、次男のルード君は絵付を担当。



仕事場に入るとニスの匂いが鼻を突いた。

親方のエバハート・スタールマンさん。

「オランダの主要産業はサービス業ですが、GDPの23%以上が製造分野が稼ぎだしてます。教育と技術が、オランダを高度な生産活動に最適な立地にしているのでしょう。つまり、下請け業者の選択肢もたくさんあります。でも代々つづいた家業が廃しに追い込まれることも少なくありません。選択肢が多いことは、家業を見捨てることにもつながるのでしょうか」とエバハートさん。しかし彼の目元、口元はどことなく余裕の表情だ。その理由はすぐわかった。木工作業をするコーペ君の顔つきが、すでに一人前の職人の貌をなしているのである。剛健にして繊細な手の動きも滑らかにして力強い。取材を終えてからエバハートさんに聞いたことだが、コーペ君はかなりのワルだったらしい。もちろん家業を継ぐどころではない。そんなコーペ君が変わったのは、バハートさんが作成したソリでボブスレー大会で出場してからだった。コーペ君は夜になるとソリを持ち出し、密かに練習をしていたらしい。
「家具の生命は、やはり使い勝手と耐久性でしょうか。そして飽きないことです。家族もおなじことかも知れませんね。」と笑みを刻んだエバハートさん。
ところで椅子がいちばん時間のかかる家具らしい。たとえば、椅子を制作するにあたって、何度も何度も自分で座って、背もたれの角度、おしりがあたる部分、ひじ掛けの位置の確認を行う。完成までは、絵付を含めてい一週間以上は必要とする。
 


曾おじいちゃんが造った家具も健在。

さらに大切なことは、材料である木材の吟味である。ミズナラは、重く硬く、でキメが粗く加工に困難。ブナはキメが細かいが狂いが生じやすいが、加工性に優れ、塗装下地としては素晴らしい。マツはやや重く、硬いが木目がほぼ真っすぐなので加工がしやすい、という。
「よい木材であるかどうかは、その職人によって決まるものです。使う人、用途によって木は生きも、死にもしますから。それは従業員や弟子でも同じでしょう。我が家にとっては跡を継ぐ子供たちも素材のひとつなのです」
なるほど、職人は木を選びはするが、木もまた職人を選ぶのだろう。じっさい、木は生きものである。そして子供たちも。三年から五年ほど陰干した木の含水率が一五パーセントとなったときが、加工に適しているが、厳寒期の長い北オランダでは、室内の暖房が木にとって敵。暖房が強いと木は「痩せる」る、という。また絵付けには、ある程度の温度も必要であり、木材を裁断、組み立てまでに三段階の違う温度の部屋が必要となるわけである。木材を育てるのも子育てもエバハートさんにとっておなじなのだろう。
「父親孝行とは、父に従うのではなく、父を乗り越えることと思います。それがこれからの課題です」コーペ君の逞しい言葉ではないか。
祭には民族衣装を纏い、仲間と大いに唄い、飲み、笑う。つぎの冬は、凍った運河で自製ソリで親子でボブスレー競技に参加するそうだ。
優しい橙色の煉瓦屋根、淋しい気に円弧を描く石橋、そしてエバハートさんの暖かい肌触りのある家具――どれもが小さな額縁に収めたいような、北オランダの印象だった―――

Kazarikei

 

merci

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