嬬恋 古民家案内 ──── 安田 滋(花の街)
嬬恋村には築100年〜200年ぐらいの古民家が数多く残っています。江戸時代は須坂から鳥居峠を越えて大笹(関所)、大前、鎌原を抜けて高崎への仁礼街道を主に菜種油や生糸、硫黄などの物資が運ばれていました。かつての街道沿いにあたる大笹、大前、鎌原は宿場町として栄えました。

しかし、天明3年(1783年)の浅間山の大噴火と土石なだれで鎌原地区を中心に壊滅的な被害を受けました。郷土資料館や鎌原観音堂ではその象徴的な場所として今でも当時の悲惨な様子をうかがい知ることができます。
現在残っている古い民家は大噴火後の建物です。街道沿いの商家や山の中の農家に見られる建築の特徴は2階床がせり出している「出梁造り」です。
さらに庇を深く出す「せがい造り」は雪や雨の日でも庇の下で作業できるよう工夫されたものです。屋根は栗の笹板を重ねて葺き、風で飛ばないよう人間の頭くらいの石を載せた「石置き屋根」でした。
時代が変わり、トタン屋根に葺き替えられ、現在では「石置き屋根」は現存しません。大工技術や建築文化の影響は意外なことに信州側からの影響ではありませんでした。沼田藩の中心地、越後からの影響が大きかったのです。
たとえば、民家の小屋組は信州に多く見られる「貫き工法」ではなく「天秤梁」が多く、越後の大工技術が伝わっていることがよくわかります。古い民家で語り継がれているひとつに「わざわざ越後から大工をよんで造らせた」と聞いたことがあります。
古民家を見学しながら、江戸時代、明治時代、戦後にいたる、かつての生活や辺りの風景を想像すれば嬬恋の歴史や文化の奥深さを感じることができます。
※「嬬恋インタープリター会」では嬬恋ならではの人と自然とのかかわりや歴史伝統文化を「知り、感じ、そして伝える」活動を行っています。別荘に来られた際にはぜひ嬬恋のことをもう少し深く多く知って嬬恋での生活を楽しんでください。